フェンダー・ストラトキャスターはアートか?

TL;DR

2026年3月、デュッセルドルフ地方裁判所がStratocasterのボディ形状を「応用美術の著作物」として著作権保護の対象と認めました。 商標権ではなく著作権による保護という新たなアプローチですが、被告不在の欠席判決であり、 他メーカーへの直接的な拘束力は限定的です。今後の対審判決が真の試金石となります。

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2026年3月、ドイツのデュッセルドルフ地方裁判所がFender Stratocasterのボディ形状を著作権で保護する判決を下しました。ギター業界にとって大きなインパクトを持ちうるこの判決の内容を整理し、その意義と他メーカーへの影響を考察します。

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判決の概要

デュッセルドルフ地方裁判所は、中国メーカーYiwu Philharmonic Musical Instruments Co.がAliExpressを通じてEU向けに販売していたギターについて、Stratocasterのボディデザインを不正に複製したものと認定しました。

判決の要点は以下の通りです。

  • Stratocasterのボディ形状は「応用美術の著作物(work of applied art)」に該当する
  • 純粋に機能的なデザインではなく、独自の創造的表現として保護される
  • 被告に対して、製造地を問わずドイツおよびEU全域での製造・販売・流通が禁止される
  • 違反時には最大25万ユーロの罰金、罰金不履行時には最大6ヶ月の禁固刑

原告であるFender Musical Instruments Corporationの代理人を務めたのは、ヨーロッパの知財訴訟で著名なBird & Bird法律事務所です。Fenderのゼネラル・カウンセルであるAarash Darroodi氏は、この判決を「Stratocasterがオリジナルの創造的著作物であることの意義ある確認であり、Fenderのデザインと知的財産の保護を継続するための重要な一歩」と評価しています。

なぜ「著作権」なのか

ここで重要なのは、今回の保護が商標権や意匠権ではなく、著作権によるものだという点です。

Stratocasterの発売は1954年です。意匠権(design right)であればEUでは最長25年で保護期間が切れており、とうに失効しています。一方、商標権は更新すれば永続しますが、Fenderはボディ形状の立体商標をEUで取得できていなかったとみられます。立体商標の登録には「その形状が出所を識別する力を持つ」ことの証明が必要で、ハードルが高いためです。実際、Fenderは1990年代後半から2000年代にかけて米国でボディ形状の商標登録を試みましたが、商標審判部(TTAB)に棄却された経緯があります。

そこでFenderが選んだのは著作権というルートでした。著作権であれば登録手続きは不要で、保護期間も長期に及びます。ドイツ著作権法では、著作者(自然人)の死後70年が保護期間です。なお、米国と異なりドイツ法には「法人著作(work for hire)」の概念がなく、著作者は常に自然人とされます。Stratocasterの設計にはLeo Fenderのほか、Freddie TavaresやGeorge Fullertonも関わっています。共同著作の場合、保護期間は最後に亡くなった著作者の死後70年となるため、2079年まで延びる可能性もあります。

欠席判決という重要な留意点

この判決には見落とせない事実があります。これは**欠席判決(default judgement)**です。被告のYiwu Philharmonic Musical Instruments Co.は出廷せず、反論を一切行いませんでした。

つまり、Fenderの主張は法的に争われていません。 裁判所はFender側の主張のみに基づいて判断を下しました。被告が出廷して争っていれば、たとえば以下のような反論を提出した可能性があります。

  • Stratocasterの形状は機能的要素が大きく、著作物としての創造性が不十分ではないか
  • 70年以上にわたり広く模倣されてきた形状に、今さら著作権保護を認めるのか
  • 70年以上にわたり無数のメーカーが類似形状を製造してきた事実は、権利の黙認にあたるのではないか

こうした論点が審理されなかったことは、この判決の先例としての重みを大きく制限します。

他のギターメーカーへの影響

では、PRSやIbanez、Yamahaといったメーカーが製造するストラト系ギターにこの判決は影響するのでしょうか。

直接的な回答としては、現時点では限定的です。

この判決の直接の効力が及ぶのは被告であるYiwu Philharmonic Musical Instruments Co.に対してのみです。Fenderが他のメーカーに対して同様の主張をするには、新たな訴訟を提起する必要があり、その場合は相手方が反論する対審の場で改めて審理されることになります。

しかし、Fenderの意図は明確です。代理人であるBird & Bird法律事務所がプレスリリースを出し、Guitar WorldやMusicRadarなどの主要メディアで広く報道されたこと自体が、業界全体への牽制として機能しています。「デュッセルドルフ地裁がStratocasterの形状を著作物と認めた」という事実は、たとえ欠席判決であっても、今後の訴訟で援用される材料となりえます。

とりわけ注目されるのは、Stratocasterの系譜を明確に受け継ぐPRSのSilver Skyです。PRSギターのフォーラムでは早速この判決の影響を議論しています。ただし、Silver SkyはPRS独自のデザイン要素を多く含んでおり、Stratocasterの「不正な複製」と認定されるかは別の議論です。

日本メーカーへの影響も気になるところです。Ibanezはストラト系の系譜を独自に発展させたAZシリーズを展開しており、YamahaのPACIFICAシリーズはStratocasterの影響を受けつつも独自のボディシェイプを採用しています。いずれもStratocasterそのものの複製とは言い難いものの、EU市場で販売する以上、この判決の動向は無視できません。特にPACIFICA 112Vのような入門モデルはStratocasterとのシルエットの類似性が比較的高く、Fenderの主張の範囲次第では影響を受ける可能性があります。

結局のところ、Fenderは「Stratocaster形状の再現」と「非侵害のストラト系ギター」の境界をどこに引くのかという線引きを、いずれ明確にする必要が出てくるでしょう。

おわりに

この判決は、70年以上前にLeo Fenderらが生み出したデザインに対して、現在もなお法的保護に値するとEUの裁判所が認めた点で画期的です。しかし同時に、欠席判決であるという本質的な限界を持っています。

真の試金石となるのは、Fenderがこの判決を武器に他のメーカーと対峙し、対審の場で同じ結論が維持されるかどうかです。ギターの世界において「ストラト系」という形状はもはや1つのカテゴリーとして定着しています。1つのメーカーのデザインがカルチャーそのものになったとき、それは誰のものなのか。この問いに対する答えは、法廷だけでなくギターを愛するすべての人にとっても無関係ではないでしょう。

なお、私は1954年モデルを再現した70th Anniversary Stratocasterのオーナーです。自分のギターの「アート」としての価値が上がったと喜ぶべきなのかもしれませんが、それはさすがに話が違いますね。

References