12年に一度の双宮守 - 香取神宮/鹿島神宮

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先日の連休に、香取神宮と鹿島神宮を訪ねて、無事に「双宮守」を授かることができました。

双宮守とは

双宮守(そうぐうまもり)は、千葉県香取市にある「香取神宮」と、茨城県鹿嶋市にある「鹿島神宮」で12年に一度の大祭「式年大祭御船祭」がある年にしか手に入れることができない特別なお守りです。

御船祭は、神功皇后の三韓征伐の際、鹿島の大神が船を守護したという故事に由来します。鹿島神宮の創建そのものはさらに古く、起源は2000年以上遡るとも伝わります。主催は鹿島神宮です。

そのため御守りは、両神宮の御座船をあしらったデザインとなっています。

なぜ鹿島神宮・香取神宮は神宮なのか?

東国三社は、鹿島神宮(茨城)、香取神宮(千葉)、息栖神社(茨城)の3社を指し、関東屈指のパワースポットとして知られています。

国譲り神話に由来し、それぞれ「勝負運(鹿島)」「勝運・海上守護(香取)」「交通安全・厄除(息栖)」などのご利益があるとされ、3社を巡ることでさらにご利益が高まると信じられています。

そもそも「神宮」という社号は、古代より格別の神を祀る社のみに与えられてきたものです。927年に成立した延喜式神名帳において「神宮」と記されたのは、伊勢神宮・鹿島神宮・香取神宮のわずか3社のみでした。皇祖神や国家鎮護に関わる神を祀る社にのみ与えられる、最高位の尊称だったわけです。

鹿島神宮の主祭神は武甕槌大神(タケミカヅチノオオカミ)、香取神宮の主祭神は経津主大神(フツヌシノオオカミ)。両神は国譲り神話において出雲に降り立ち、大国主命との交渉を成し遂げた武神とされます。律令国家の成立期、東国は蝦夷との境界地帯であったことから、両神宮はその守護として朝廷から特別な扱いを受け、神宮の称号が与えられたと考えられています。

3社の位置を地図上で結ぶと、ほぼ正三角形に近い形をなします。この配置が「結界」のように関東を護るとの伝えもあり、古来より霊的な意味が込められてきました。江戸時代には伊勢神宮参拝の後にこの3社を巡る「東国三社参り」の風習が広まり、現代でも武運・海上守護・交通安全とそれぞれ異なるご利益を一度に授かれる巡礼ルートとして、関東屈指のパワースポットと呼ばれています。

情報番組の功罪

このお守りを頂こうと年初から何度か足を運びましたが、「帰れマンデー見っけ隊」という情報番組で取り上げたらしく予想以上の参拝客が押し寄せてお守りが品切れとなっていました。

放送後の数週間は授与所に連日長蛇の列ができ、用意された数のお守りは想定よりはるかに早く品切れとなったと聞きます。テレビで紹介されることにより認知が広がるのは喜ばしい面もありますが、12年に一度という稀少性が「収集目的」の参拝を加速させ、本来の信仰や祈願のために訪れた方々が御守りを受けられない事態を招きます。

12年を待ち望んできた方や地元の方にとっては不公平感が残り、神社側も想定外の対応に追われています。番組の制作側、視聴する側とも、希少な授与品の背景にある長年の信仰や神事への配慮があってほしいと感じます。

まとめ

連休中の両神宮はものすごい参拝客でした。今回は朝早い時間に訪れたので、思いの外スムーズに参拝してお守りを授かることができました。

東国三社のうち息栖神社は今回スキップしてしまったので、近々に改めて参拝に訪れたいと思います。